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CM(広告映像)の心理操作とそれに易々と騙される人々

time 2016/01/18

映像を見る
何かを思う・感じる
行動を起こす

人は映像を見るとき、視覚・聴覚を奪われます。人間の五感の内、最も大事であろうニつが奪われるということは動物社会でいえば致命的になる。一方、人には天敵がいないので悠々自適にテレビや動画などをアホ面で見ることができるというわけだ。
さて、映像である・・。

この近代社会の発明品が知られるようになったのは19世紀末。エジソンが開発したキネストスコープ(パラパラ漫画装置)を発端にリュミエール兄弟による映画の元祖シネマトグラフが作られた。

そこから約120年。音声も付け加えられ、彩色表現も可能になり現代のテレビスタイルに登りつめていくことになる。今ではテレビ・ネット・スマホの普及により映像を見ない日はないともいえる社会になっている。

「単なる映像」になってしまっている昨今。映像の持つ特性・怖さというのを考えている人達はどのくらいいるだろう。私がこの記事を書くに至った経緯は最近の「CM」にある。広告といっていい。

もはや巷に溢れている映像の80%くらいは広告だと思います。品を売るために作られる映像には「見せる技術」がある。それは映像表現の進化というべきか、はたまた退化と捉えるべきか。この広告映像の分析に入りたいと思います。

ちなみに上記画像はこのサイトの宣伝です。目を凝らして読んで下さりありがとうございます。

 

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広告映像メディアの実態

広告映像といえばTV・ネット動画・ゲーム・紙媒体からのAR・街頭デジタルサイネージ・街頭ビジョンなど、ディスプレイやスクリーンが整った環境で始めて表現することが可能である。ディスプレイ=画面。みなさん多くの方がお持ちのスマホなどは持ち歩く広告媒体といっていい。

それと、一旦中止にはなったが、電車の中吊り広告映像化。教育面ではパソコン・タブレット・テレビ・DVDなどの映像教材は多い。この状況だと学校の黒板がディスプレイに変わる日も近いだろう。

このように屋外・家庭・個人単位で完全に映像包囲網に囚われているのが現状である。しかし、これだけ多くの映像広告が世に垂れ流されている理由はなんだろうか。もちろんスポンサーによる商品宣伝は分かる。

そのおかげで民法やYoutubeなどは無料で視聴できるから非常にありがたい。だが、ほとんどの人達が映像を見る(見たい)とき、広告というものは目的ではない。「見たいわけではないのだ」

つまり「意図しないもの」が広告であって、その性質は当然作り手もよく分かっている。それを逆手に取ることこそが「広告作り」なのである。

 

実は映像よりも音が大事! BGMだけのCMが多い理由

有名なところでいえば「ユニクロ」「アップル」「google」など、特に大手企業ほどBGMだけのCMが多いように思われる。この意図するところといえば何であろう。CMといえば自社の商品を最大限活用して売る(告知)ことが目的だ。

多くのCM手法としてはナレーションを入れて「この商品はここがすごい!」のような言わば「売り文句」はかかせない。しかしBGMだけの場合、売り文句が省かれていて返って不利な手法ではないのか?

答えはノーだ。
そのCM単体だけを流す場合は「何のこっちゃか分からない」しかし、CMとは他社のCMとセットになって流される場合がほとんど。他がナレーション・SE満載で溢れている中、途中でBGMだけになると人の耳は違和感に襲われる。そう、聞き込んでしまうというわけである。見入ってしまうというか「聞き入ってしまう」。

例えばテレビを流しながら雑誌を読んでいるとする。ゴチャゴチャ流れている番組やCMの間に急に落ち着いたBGMだけ流れだす・・私はふと違った空気に違和感を覚え、雑誌から目を離してしまった。

映像を作っている方なら「音」の重要性はご存知かと思います。
特にCMは10秒~15秒という短い制約。そんな中ではカット数を多くして1カット1秒以下になることが多い。そんなツギハギだらけの構成を簡単に一まとめにしてくれるのが「音」というわけだ。

しかもBGMだけというのは「多くの情報を与えない」いわば「イメージの具現化」。
「キューピーマヨネーズ」や「ポカリスエット」のCMは群を抜いてこの「イメージの具現化」に成功しているように思われる。こちらは抽象的なナレーションが最低限入っているのだが、カテゴリーとしてはBGMCMと変わらない。

商品を売るつもりでCMを打たないのは余裕の現われである。大手にイメージCMが多いのはこういった磐石なブランドイメージをさらに加速させ、見る者に他社とは違うオーラを感じさせてくれる。

 

いつ教えてくれるんだよ!最後までタネを明かさないCM

BSの通販番組に多い。あるいはドラマ仕立てで続きをかもし出すCMがそれだ。番組連動で「答えはCMの後!」というのもよく使われる手法ではある。これらは人の心理を巧みに使い、コッチは元々知りたくもない情報を「知りたい!」に強制変換させる。

ただテレビをながら見していて、元々がどうでもいい情報なのに「隠される」とどうしても見たくなる衝動が人の感情にはあると思います。特に通販番組などは商品の値段を中々明かさない。長いときは5分見続けても値段を明かさないのだ。

こっちは欲しくはないんだけど、値段だけを知りたくなってくる。「9,800円でしょ?」「いや12,800だって」と家族で予想する始末。そして値段を知るやいなやチャンネルを変える。決して買わないのだが、商品を知らしめるという目的に関しては十分成功している。

ネット検索で表示されるタイトルにも同じことがいえる。サイト運営者なら当然周知しているSEO対策がこれである。

「1ヶ月で20kg減った!私が試した○○式ダイエットを今すぐ始めなければ損をする理由10」のようなよく目にするアレである。目に飛び込んだ瞬間、知りたくもないのだが、どういうものか気になってしまいクリックしてしまう。

大ヒット海外ドラマ「24」「LOST」なども似たような性質を持つ。問題と答えを執拗に交互に出し続ける。もしくは答えを最後まで明かさない、といった手法で見る者を虜にさせる魔力がある。それをあたかも「おもしろい」と勘違いしてしまうのも人の性。

私は2つともシーズンラストまで見たが、結果何一つ心に残るシーンなどはない。あるのは空虚感のみ。しかし制作側は「見てくれれば大成功」なわけである。

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